Overture


2


 雨は小降りになりながらも、なかなか止もうとはしなかった。
車の中は勿論、空調が効いているし座りごこちも格段の良さである。教授のBMWとは違って、国産車ではあるがセダンにはフェイクファーの敷物が敷かれてあり、消臭も問題ない程に行き届いていた。
前の席の目と、右腿のぶ厚い手の感触さえなければ、雨の中の外出とはいえ楽しめたろう。
「……前期はまともに成績を上げられそうなのか?」
 一応、職業に相応しいことを所長が尋ねてくる。
「ご心配なく。学生の本分は守っております」
 形ばかりの神妙さではあるが崩さない様に、僕は控えめに答えた。
「樋口って女の子はベタ誉めしてたわよ、パパ」
 瀬里はマニキュアを塗りなおしたらしい爪を気にしながらも、前からそう言ってきた。
女子大生にしては高価な装身具を平然と身につけ、ラメ入りのスリップドレスの上には黒いボレロを羽織っている。足元は見えないが、いずれにせよブランドものだろう。
「あの子、ヤスちゃんに気があるんじゃない?実験のときのこととか、何だか凄く」
「止めないか、瀬里」
 大学ではこっちの部が悪いが、今は所長と運転手しかいない。
僕はそれなりに声を鋭くした。
「ゼミの連中とは、飲み程度の付き合いをする気はないんだ」
「そうよね、ヤスちゃん群れるの嫌いだしぃ?」
前を見たまま瀬里は手を緩く振った。珊瑚色の爪がゆらゆらと揺れる。
「だから、パパの子になってくれないのよねぇ。あたしは、ヤスちゃんがお兄ちゃんなら、絶対自慢して歩くのにぃ」
「遠慮しておく」
お前みたいに目立つ妹なんかいるものか。そう言ってやろうとしたが、右腿の感触が撫で回すような動きに変わった。
「瀬里、そのくらいにしておきなさい」
僕を弄りながら、所長は娘を窘める。苗字だけで、血のつながりはない娘を。
「ん〜っ、でも、パパだって最近ヤスちゃんとはご無沙汰なんでしょ?教授とか言う人、あたしが代わりにお相手したげようか?」
 苛立ちを見せたものかどうか、僕はギリギリのところで悩んだ。勿論、教授に気があるわけではない。
しかし、来島瀬里が口を挟んで無事に済んだケースなどないに等しいのだ。
まして教授は、亡妻以外の女性は必要以上の距離に置かないから揉めるどころの騒ぎではなくなるだろう。
 しかし、僕より早く所長が口を開いた。
「必要なら私が直接話す。お前の口出しで済む範囲ではない」
 それは決して荒々しい口調ではなかったが、瀬里は不承不承の服従の顔を示した。
この女も、絶対に『父親』たる所長には逆らわない。
「はい」
「尤も、向こうも私には気づいているのだろう。そうではないか、寧?」
 僕も素直に頷いた。所長に偽って良いことなどどうせないのだから。
「はい。……普通に知れることは、お話してあります」
 ぎゅ、と、太い指が僕を抓った。
「いっそその時に、教授を拒むべきだったのだ。違うか?」
 痛みを堪えて、僕はぶつ切りに言葉をつなぐ。
「あくまで、学資上の問題、と言って、あります、から……」
 どうであれ、所有物への執心が強い教授の独占欲を掻きたてるだけだったが。
「あの男は、七瀬に見こまれた人間だ。お前にその意味はわかるまい」
 僕の体の強張りを、自分の指の動きのためだと所長は思ったろうか?
「あそこの会社は、得体が知れん。一族経営なのは珍しくもないが、……もし七瀬悠架に出くわしたら、出来る限り頭を低くして通ることだ。これは瀬里、お前にも言っておくぞ」
 奇妙に開いた間には、何が込められていたのだろう。
この倣岸不遜な男を詰まらせるような力が、あの女性のような青年にあるのだろうか。
車内の温度が一気に下がったような錯覚を覚えたのは瀬里も一緒だったらしい。腕を押さえているのが後ろからでも分かった。
「はい」
 声は、お互い不本意だろうが唱和した。
「よし。……お前達は私が見こんだだけの存在なのだ。むざむざくれてはやらん。七瀬だろうと、他の誰だろうと、な」
 今までの痛みをほんの少し和らげる様に、手は太腿を覆いなおした。


 会員制のレストランの前で、僕はきちっと背筋を伸ばして立っていた。
「あ、ヤスちゃんごめんねぇ。おまたせ」
 化粧を直してきたと言いながらさほど変わっていない瀬里が、勝手に僕に腕を絡めてくる。払いのけようかとも思ったがぶら下がる様に纏わりつかれ、 「いやぁよ。今日はエスコートしてちょうだい」
 頬紅を刷いたなら、上着に顔を寄せんばかりの態度は止めてくれ。
「所長はどうされたんだ?」
 さぁ、と瀬里が首を振ったとき、僕の肩を何者かの手が掴んだ。
振り向く瞬間に、その掴み方で嫌な予感がした。
「……何でお前がこんな場所にいんだよ」
 今日は会いたくもない連中に会う日と決まっていたらしい。
金だけはふんだんにかかっていそうなスーツの男は、同じゼミの栗橋賢也だった。
「先輩」
 声に純粋に驚きだけ出たのが、ありがたかった。瀬里が、興味津々といった体で僕から離れようとしない。
「ここは、お前が女連れで来るような場所じゃないんだよ、貧乏学生。とっとと失せろ」
 好色そうな眼差しを一度瀬里の胸に当てて、栗橋は僕の肩を押すようにした。
どうやら、ここは彼のテリトリーらしいな、と僕は内心瀬里を罵った。
自分の領分を侵されると感じると、この手の男は視界の端を蟻がうろつくことすら気に入らないものなのだ。
まして、女連れなのは余計に彼のお気に召さないことだろう。
「それとも、女の懐に頼ってやって来たってわけか?えぇ?」
 普段の僕の低姿勢を知っているためか、それとも僅か吐息に酒の香りがするからなのか、栗橋はもう一度僕の肩を小突いた。
「ヤスちゃん、なぁに、この人」
 先輩と呼ぶからには大学の知り合いと分かったはずだ。しかし瀬里は全く意に介さず、逆に僕に問いかけてきた。腕を揺さぶり、鼻声すら出して見せる。
「ねぇねぇねえ」
「失せろって言ってんだよ、聞こえねぇのか?あぁん?」
今度は、手加減なしに拳で肩を殴られた。壁に右肩がぶち当たり、ぎし、という音がする。
僕より先に、瀬里の目の色が変わった。
「邪魔しないでよ、ヤスちゃんはあたしのエスコートしてるんだから」
 何時も脳天から抜けそうな声が、不意に恫喝らしき響きを帯びてトーンを下げる。
瀬里が、かなり機嫌を損ねた証拠だ。
栗橋の表情も、醜悪としかいえないものに変わった。
「何だ、頭悪そうな女だな。こんなのしかコマせねぇのか?あぁ?そこまで日照なら、俺の取り巻きからくれてやる。……とっとと消えな」
 きし、と小さな音がした。糸切り歯の出す不快な音は、瀬里が発したものだ。
 まずい。僕は、誤解を覚悟で瀬里と栗橋を引き剥がす決心をしかかった。
栗橋の腕が上がる。振り下ろされ……ようとして、それは果たされなかった。
ひょい、と、僕の頭上から伸びた太い腕が、奴の拳を阻んだのだ。
「俺の弟妹に、何か用か」
 野太い声がした。栗橋の顔が真っ赤になった。振りほどこうとして、解けないのだ。
振り上げられた角度のまま、奴の腕は固定されていた。
この腕の主を、僕は勿論、瀬里も良く知っている。
「……アッくん♪」
 かく、と栗橋の顎が、瀬里の呼びかけに落ちた。
当然だろう。
どう贔屓目に見たって、来島厚志に『アッくん』は似合うまい。
胸元がはちきれんばかりのスーツ、角刈りの頭、通常の人間の倍の太さはありそうな眉、そして、瀬里の腰周りほどはありそうな逞しい腕。
赤銅色の肌は剃刀で絶えず当たっているのかと思うほど滑らかで、どんぐり眼は今も遠視がちなほどの視力を誇っている筈だ。そのくせに唇は感情の乏しさを示すように薄くて、鼻梁のいかつさに対して、顔の下方を少しだけお借りしました、と言わんばかりに小さい。
「厚志さん、お久しぶりです」
 決して大きい声ではなかったが、覇気がないと叱られない様に、僕はきっちり挨拶した。
ぎょろり、とした目がこちらを見たが、腕はまだ緩まない。
「何だ、貴様まだ、親父の話を呑んどらんのか。いい加減、兄さんと呼ぶ気はないのか」
 柔道でそこそこ慣らした猛者の癖に、途中で投げ出して応援団一筋だった男は、器用に片方の眉だけを釣り上げた。
「瀬里が『掴まえた』とメールをして来たからてっきり、祝いの話かと思ったのだぞ」
 栗橋など無視したように、厚志はこちらにだけ言葉を向けてきた。
「お忙しいのに、申し訳ありません。お時間を戴けて嬉しいです」
 はきとした言葉遣いを心がけながら、僕は丁寧に謝った。今では、スポーツ団体の理事などやっている男は、鼻を鳴らして僕を見据えた。
「まぁ、貴様の性根は均よりましだ。奴は、来ておらんだろうな」
 ぱっ、と手を離されて、栗橋が腕を押さえる。意外な所からの僕への援護に茫然とし、怒りも酔いも消し飛んだのか青い顔になっている。
「今日はひーちゃんは来られないって。アッくんと、ヤスちゃんと、……あとは」
「あたくしのことかしら?」
 再び混乱したであろう栗橋を、僕は少しだけ哀れに思った。
スプレーやピンを駆使して固めたであろう長い髪。水色と黒の水玉のドレスは、一歩間違えば水商売の女の下品さを、かなり水準より上でクリアしていた。
 小柄な瀬里に比べて、女性にしてはそこそこ高い170cmの身長。今日は履いていないが、いつもはピンヒールが挑発的な脚。雨の日だから、ローヒールに変えたらしい。
ハート型の顔はきっちりと化粧に彩られ、今日は紫陽花のような紫の口紅が、艶かしい線を描いて笑みを形どっている。つけ睫など必要ない、濡れたような色の目。
「……大葉、祥代?」
「あら、そちらの坊やはご存知なの。嬉しいわね」
 茫然と呟いた栗橋に、何人を蕩けさせたか分からない笑みが向けられた。優雅にそのまま僕を向き、笑みが後少し深まる。
「本当に、久しぶりだこと。あたくしなど忘れていて?寧」
差し出してきた手を、不本意を見せないようにして僕は握った。
「まさか。全くお変わりありませんね、祥代さん。これじゃ忘れられない」
「少ぅし、言えるようになったのね。誉めてあげましょう」
「……さっちゃん、良いの?旦那様放り出して」
 呼んだのは自分の癖に棚上げにして、瀬里がそこそこ豊かな胸を揺らす。
「あら。医者志望の『弟』に会うと言ったら、今度連れて来いとあの人煩かったくらいよ」
 僅か3作を代表作品にして電撃の早さで引退してしまった元舞台女優は、今はアパレル業界の重鎮の一人を夫にしている。
殊更揺らさなくても重い胸は、瀬里の1.5倍はあった。
「どうなの、寧、お父様にまだ色よいお返事をする気はなくて?」
 苦笑で返すと、溜息が形の良い唇から滑り降りた。
「そう。あなたも本当にしょうのない子ね」
 瀬里、祥代、厚志の三人の視線が不意に注がれて、栗橋は硬直した。無理もない。
僕だって最初は逃げ出したかったのだ。
「身内の集まりでな。寧の知り合いかも知れんが遠慮戴こう」
 がくがくと、栗橋は頷いた。この男の頭の中にどんな推測や打算が働くにせよ、それは今この時点でどうにかなるものではない。
「じゃ、じゃあな、加納」
 声を出せただけ立派なものだろう。栗橋が頼りなげな足取りで立ち去るのと入れ替わる様に、玄関に近い側から、来島所長がやってきた。
「待たせたか」
「いいえ、お父様」
 最年長の祥代が皆を代表して答える。当然のように所長は頷いて、それ以上はなにも言わずにレストランの入り口をくぐった。
義理の子供達3人と、僕を従えて。


 料理は、申し分なかった。栗橋がいたことを考えに入れなければ、もう少し楽しめたかも知れない。
所長は『子供達』の近況報告を聞きながら、料理には感銘を受けた風もなく、淡々と皿の上のものを片付けていた。
厚志はうまいまずいを言わないものの、好みが合わないものは平然と皿の隅に押しやり、祥代はダイエット中だからと肉を抜いた。瀬里は気にせず全て平らげた。
「……さて。寧。何を懸念しているのだね?」
 デザートの皿で所長の目が、真向かいに座らされた僕を向く。他の3名は目を伏せた。
 一瞬、告げたものかどうか迷った。予想外のトラブルはしかし、まだ自分の手でどうにか出来る範囲かもしれない。
「いえ。所長のお気になされるほどのことでは」
瀬里が身動ぎしたが、その場の服従の空気をかき乱すほどではなかった。
「まだ、私の申し出を拒むつもりかね?」
 声は穏やか、表情も平静なのに、皆が零下の気温に晒されたように凍りついている。
「僕は、このまま努力を続けて医師免許を得たいだけですよ。所長にしていただいたことは、心から感謝していますし、それは変わりません」
 もう、何十回と告げた言葉。僕一人では、ここに辿りつけてはいない。
目の前の男の手が、金がなければ、僕は未だにあの薄暗い路地裏にいただろう。
「恩義などと堅苦しく考えず、父親の脛として齧っていれば楽だろうに」
 珈琲を飲む姿は、確かに威厳に満ちた父親らしい姿をしている。確かに。
「苦労は勉学だけに留める気はないのかね?」
「いえ、勉強させて戴いているだけで幸せですよ。こうして、影に日向にお心遣いもして頂いて、僕としてはこれ以上の環境はありません」
 養子の話は、所長から既に何度となく言い出されていることだった。その度にこうした、不毛なまでに同じ遣り取りが続いている。
今までの契約をなくす。その代わり、所長の『息子』として、意のままに動かされる。
この食卓の3人のようには、僕は……落ちぶれたくはない。
身体は売り渡しても、僕の決めたことまで汚されたくはない。
「強情も大概にしないか、寧。親父どのも俺達も、貴様を高く買っているのだぞ」
 そうだろうな。その片手で吹っ飛ばせるこの男に、あんたは這いつくばっているんだぞ、厚志。まだ、この場にいない『柔弱な』といわれるあんたの義弟のほうがましだよ。
その証拠に、ほら、所長の手が挙がっただけで、あんたはピタリと口を閉ざした。
「まぁ、急ぎはすまい。……寧にも、いずれ分かるときが来る」
 わかるものか、分かってたまるものかと、僕は内心で呟く。
この、ひと癖もふた癖もある連中を束ねている男がどれほどの力を持っているのか、考えるだに寒気がしてくる。
これを仮初にも父親と認めでもしたらどうなるのやら。今の関係よりも、この男の支配が強まることだけは確かだが。
 身体以上に、時間を細切れに売りさばく気は、僕は持ち合わせていなかった。


 レストランを出るとき、所長は僕にとある数字だけを囁いて瀬里と消えた。
「……ご苦労なことよね」
 少しずり下がった肩紐を直しながら、祥代がこちらを向いて皮肉げな笑みを浮かべる。
「そんなに、お父様が良いの?あなたは」
 この女には、説明したって一生わかるまい。僕の辿る道は、あくまで一つなのだから。
「それとも、実力をつけてから自分を売り込むつもり?」
「僕は、当初の目標さえ果たせれば、それで」
 生真面目な顔で答えれば、脇にいた厚志がじろり、と僕をねめつける。
「『大欲は無欲に似たり』、と言うが。お前の究極の目標は何なのだ?」
「医者ですってば」
 これは嘘ではない。僕は徹頭徹尾、これを貫いて生きているのだ。
どんな快楽も、苦痛も、僕からその願い以外のことを聞き出すことは出来ない。
いつか突きとめて見せる、と二人の目は言っていたが、僕はそれを無視してのけた。
所長に呼ばれて跳ねつける気概もない人間に、……いや、誰であろうと僕は、明け渡す気はない。僕自身を。存在する意義を。
 二人の恐れる所長の責めすら、僕を屈服させられないでいるのだから。
厚志の唇が動いたが、小さく吐き出されたのは僕の予想外の言葉だった。
「貴様に触れると、男も女も正気をなくすと言う噂もあるが。真偽はともあれ、お前自身は知っているか」
 意味が通るまで暫し僕は考え込み、それから危うく失笑するのを免れた。
「正気ですか?厚志さん」
「その噂、あたくしも聞いたわ。お父様があなたを手放さないのは、あなたが余りにも、素晴らしい身体をしているためなのですってね」
 震えが声に出た。
「どこからの与太話です、それは?」
 二人は顔を見合わせ、『さあ』と声をそろえた。風聞にしても、奇妙なものだ。
僕らに近寄るものさえなければ、聞こえる話ではないが、ひやりとした。
僕自身は別段、そうしたことにはさほど興味もなかったからだ。
二人の噂を真実とするなら、僕はまるで好色な男食いということになってしまう。
「ともあれ、僕はあなた達の権益を損なうつもりもありませんよ。医者になれたなら、きちんと恩返しもします。「なれたら」ということで、書類は作りませんが」
 僕と所長の関係を知る人間は、所長の養子である瀬里・厚志・祥代の3人を含めても数えるほどしかいない。知っていても、お互いおくびにも出さずにやってきた。
それがどうして、今頃になってそんな噂が立つのか?
引っかかった疑念の刺を、僕は大事にしまっておくことにした。
 何時もと何ら変わらない僕の姿をまじまじと見てから、二人は相好を崩した。
「ま、噂があっただけだ。俺は貴様がそこまで腐っているとは思っておらん」
「そうよ、あなたが義弟になってくれたら、あたくしはむしろ嬉しいわ」
 伸びた骨太の手を僕は握り返し、頬を差し出して、ルージュで汚されるに任せた。
「お会いできて、楽しかったですよ」
 栗橋の件も、近日中に片付けておいたほうが良いだろう。今、あの男に騒がれたくない。
これからなのだ。大事な時なのだから。
二人に丁寧に一礼して、僕は玄関で傘を受け取ると、タクシーは呼ばずに外へ出た。
霧雨へと変じたようだ。目に見えにくいしっとりとした水滴が、全身を包むようにして、僕を濡らして行く。
 脳裏に浮かびかかった幻影を、僕は打ち消すように足早に歩いた。
所長が待っているPホテルは、そう遠くはない。
200メートル先に進めば、酒と、長い夜を過ごす部屋が待っている。
もう一度、声が聞こえたような気がしたが、それさえも僕は無視した。
現実の声だろうと、過去のある瞬間の残音だろうと、脳の錯覚と見なして。
だから、この季節は嫌なのだ。


『十分な時間はない。頼みごとは君には重い。……だから、事実だけを話そう。寧』



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