| Orbite4 |
| 背後で、躊躇いがちな声がする。 「あの、オーナー」 「少し待っているように。作業中だ」 どうしたら面白いだろう。 浅井は考え込んでいた。 最初は、いつもここで使われているもので幾つかやってみたが、どうも勝手が違う。 暫く考えて、やはり色が悪いのだと判断した。 照明にどうも映えてくれない。これでは腕の振るいがいがない。 久々だから、良い練習にはなったものの、面白みが半減するようでは折角のもてなしが台無しになると言うものだ。 「……あの……」 声がか細い。そんな蚊の鳴くような声では、客の心象を害することもあると後で言っておかねばなるまい。 それにしても、と背を伸ばして、照明の傘の部分をぐるりと一回り、指で擦る。 うっすらとだが灰色の埃がついた。 減点対象とまでは行かないが、面白いことではない。 「汚れている」 息を飲んだ声が、少しだけきびきびとした調子を取り戻した。 「かしこまりました」 すぐに走って消えるかと思いきや。 「あの、オーナー」 また問いかけが来る。手が止まってしまう。仕方ないので一言、 「作業中だ」 停止した思考を再度起動して、まっさらにした頭の中に、形を思い浮かべる。 何が良いだろう。シンプルすぎては詰まらない。思いきり派手に行こう。 ヨーロピアン?オリエンタル? こんなことなら大量に花を切ってくれば良かった。 チャンスは二度と来ないだろうし、走らせようか。 いや、待て。先ずは形の決定だ。 相手が相手なのだ、派手過ぎると言うこともあるまい。 くるりと振り向くと、スタッフの東城良行がレモンを思いきり齧った後のような顔で立っていた。 顔立ちはなかなか見栄えのする部類に入るのだが、大人しすぎる性格なのが傷である。 今にも卒倒しそうなほど蒼ざめて、貧血だろうか。 いや確か、昼間にココナツカレーの昼食にありついていたから、大丈夫だろう。 「お止め下さい。ご冗談がすぎます」 何も未だしてないのだがな。 話しはじめると長くかかる相手だし、時間がもったいない。 「東城。至急、買物を頼みたいのだが」 夜久が来るまで二時間。長いとも短いとも言えるリミットを見据えて再び手を動かし始めた浅井の命令に、やがて東城は小さく溜息をついて従った。 プレーンノットがようやっとまともに結べるようになったばかりだと言うのに、圭吾がネクタイを締めようとした手を夜久は止めた。 一度するりと抜き取り、結び目が出来る辺りを指で測るように持って、言う。 「半端だな、これでは」 少し灰がかった水色をベースにして、太い濃紺と細い臙脂のストライプが入ったネクタイは、色合いとしてはそんなにも悪くはないのだが、多少細い。 結び方自体はプレーンで良いのだが、と、夜久は圭吾に余裕をもってタイを結ばせ、結び目の部分に指を一本突っ込ませるとそこを大きめに膨らませた。 「このぐらいあった方が、いい」 他人が結ぶネクタイなんて座りが悪いと教えたくせして、夜久の手を借りたそれはきちんと圭吾のシャツの前に収まって、見慣れた自分の顔が不思議と大人びる。 白いシャツは袖も襟もたっぷり目に取られていて、大きめに長めに、圭吾の少し伸びた身長を生かすように仕立てあがっている。 きちんとプレスの目がついたスラックスに脚を通す姿は結構良い眺めで、夜久は自分の仕上げを見る振りをして、鏡に映る圭吾をじっくりと観察した。 まだスーツに着られている印象は残るものの、年齢にしては圭吾は落ちついた印象を相手に与える。 ノーベントの上着に袖を通せば、とても整備工見習には見えない。 オフィスと工場を一定期間で行き来させているが、客の数名は既に圭吾を気にしていて、若いのに良いスタッフがいると世辞めいたことまで言われた。 自分が育てているのだから、当然のことだが。 そういえば、時計を買ってやれば良かった、と思い出した。別段見劣りがするものを与えてもいないが、もし今後も出入りするようなことがあるなら、一つくらいブランドのものを持っていても良いだろう。 今もゆくスタンドの所長、二宮はまるでそれを貢ぐようだとくさす。 年齢に見合わぬ服装や持ち物は、確かに人間を増徴させることもあるだろう。 ただし、夜久はディーラーだ。それも殆どは外車を専門に扱っていることから、相手取るのはこの不況でも平気で札束を出せる客ばかりになってくる。 彼らは既に、圭吾が身につけているような服の価値を知っている。高級なものを使いつけ、飲み食いし、優れたスタッフに傅かれるのを当然と見なす人種ばかりだ。 対応する相手のレベルが自分達より高いのは許せないが、低すぎたりすれば卑屈だと決めつけ、歯牙にもかけなくなる。 既に接客はある程度の域に達している圭吾は、心得ていて余計な口はきかず、オフィスにいる時は掃除や電話番、試験問題の詰め込みなどやってきた。 仕事に対する姿勢を見るにつけ、どうして圭吾の保護者だった連中は、高校以上の教育を与えようとしなかったのかと不思議でならないほどだ。 誰も、手を伸ばさなかったのだろうか。 二宮と出会ってスタンドで働くまでの圭吾のことを、夜久は知らない。 自分が今してやっていることの半分ほども、気遣われなかったのだとすれば、どんな環境だったのか。 圭吾の現在の真っ直ぐさを見るにつけ、そんな薄情な連中のもとで育たなかったのはプラスだと考えるほかはないが、それはそれで随分な話だ。 鏡の中の自分は申し分ない。その背後では、相手が自分の検分を待ってこちらを向いている。 虚像の世界の二人は、楽園を訪れるには及第点の服装になっていた。 一人の男が、叶うことのない夢を現実に生むために作り出した場所。 彼ばかりか他の者たちにまで心地よい、仮初の衛星軌道。 あそこに訪れる面々は、果たして圭吾をどう見るのか。 自分という色眼鏡を通して判断されるだろう少年は、虚像の目ではなく、夜久が振り向くのを待っている。 ちゃんと、私が見ていてやれば良い。 虚像の口元が、静かに笑んだのを見てから、夜久は振り向いた。 「行こうか、ケイ」 軌道(オルビット)へ。 通常のエデンの園を闊歩できない男たちが、心静かに過ごす閉ざされた空間へと。 圭吾の口元が引き締まる。 未知の人々が暮らす世界、夜久でさえスタンドにいた時は遠く、恵まれた生活を送っている存在だったのに、これから行く場所は世に言う『名士』も来る場所だといわれた。 自分がそれに相応しいとは思えないけれど、夜久が見せてくれる世界は、スタンドにいた時代とは全く違う。 多分、こんな機会がなければ、垣間見ることもない場所があるのだ。 だから、社会勉強みたいなものだと思おう。 夜久が背伸びさせてくれるなら、せめて口は閉じて、目を見開いて、しっかりそこを確かめてこようと、圭吾は頷き返した。 「はいっ」 秘密の紳士倶楽部などと聞くと、やっぱり怪しげに聞こえるなと圭吾は思う。 夜久の説明によれば、オーナーが夜久と同様の嗜好を持つ―――つまり、女性を受け入れない―――人物だからだ、とのことだ。 職業柄、夜久は女性とも差し障りない程度には接することが出来る。美人なら美人と世辞も言えるが、『オルビット』のオーナーは片手に数えるほどしか会話する相手がいないほどの女性嫌いだと聞いて、圭吾は絶句した。 「取引先の担当役員が女性になった途端付き合いを切ったこともあるからな」 そこまで徹底して嫌っている相手と、夜久は長い付き合いらしい。 この前の電話から僅かに漏れ聞こえた声は穏やかそうな気もしたが、夜久の話を半分に割り引いても、オーナーは難しい人物のように圭吾には思えた。 自分のことが聞こえたのも、圭吾の主治医でもある卯月が、ひょいと倶楽部で口を滑らせたのが切っ掛けらしい。 リークしたってほどのスキャンダルな訳でもないし、と卯月は笑っていたが、何かと付き合いの多い夜久が半月も出入り禁止を言い渡したほど、話はあっという間に会員の間に広まっていたそうだ。 夜久が夜遊びを止めていた時期があったのだが、出歩いて倶楽部や他の知り合いにあれこれと探られるのが嫌だったからだとは知らなかった。 まるで珍獣か何かのようで圭吾は勿論面白くないのだが、根掘り葉掘り尋ねられる夜久も相当に不満だったらしい。 『まあ、『夜の帝王』に固定の相手がいる、って言うだけで気になる面々も……』 と圭吾に囁いた卯月は、文字通り襟首掴んで放り出された。 そんなこっ恥ずかしい渾名を持っているのかとまじまじと相手を見てしまった圭吾も散々な目にあったのだが。 ともあれ、これから行く『オルビット』では、圭吾がまだ知らない夜久をとても良く知っている相手が待っているわけだ。 むっとするような胃が重くなる不快感を、中には夜久のお得意先もいるから気をつけなくては、という緊張感が無理やり押し下げている。 どんな場所なのだろう。怪しげな趣味の店ではないし、バーやレストラン、休憩や娯楽のための施設があるとは聞いた。 「……だろうな」 夜久の言葉を聞き損ねて、慌てて尋ねかえした。 「済みません、今聞き逃しました」 「あそこのスタッフの姿勢は、勉強になるだろう、と言った」 別段怒った風もない夜久は繰り返してくれた。 スタッフ。整備工だろうと倶楽部のフロア担当だろうとサービス業はサービス業だ。 ガススタンドから離れて工場で真っ黒になって働いていようと、夜久のオフィスで珈琲を運ぼうと、客商売の姿勢は忘れないようにと二宮にも言われたことがある。 夜久は、単にオーナーに要求されただけで連れて行くわけではないのだ。 ちゃんと、圭吾のするべきことを示唆してくれる。 ハードルはまだまだ高い。本当なら教えてもらう前に考えておくべきなのだろう。 ひょっとすると意地を張らずに学校に行っていれば、もう少しましな頭になったのかもしれない。 働いていても、ほぼ一年のブランクは感じられた。人より数年、足りないものを埋めるには全力疾走してポイントを目指すほかはない。 誰も道にいなくたって、止まったりするものか。 「……はい」 スタンドにいたため大きくなりがちな声を絞って頷いた圭吾は、夜久の表情が引き締まってから、穏やかな顔を向けられていたことに気がついた。 これまで通ったこともない方向に、マセラッティは向かって行く。 夜久は何時もの通り運転しているが、まるで仕事に向かう時のように、その表情から和みや軽さが消えて、距離感を感じる独特の雰囲気を形作っている。 寛ぐ場所に行くのに?と疑問に思って、ギアを軽く叩いた人差し指の動きに、自分を伴うから緊張するのだとはっとなった。 すぐに夜久はいつもの、他人を引きつけると同時に反発させる尊大な空気を纏う。 傲岸不遜な、夜の帝王。 そんな相手を自分は不安にさせてるのだろうか。 そっと、圭吾は爪の中まで良く洗った手を握りこんだ。 負けるもんか。相手が名士だか上流の人間だか知らないが、いつも通りだ。 スタンドでだって、正社員じゃないけど接客を誉められたことがある。 いつも通りにしていれば、問題ない。 「……右手と右足一緒に出さなければ、転びやしない」 緊張を見て取った夜久が、冗談混じりに言ってのける。 そんなことするものかと答える代わりに、圭吾は奥歯をしっかりと噛んだ。 オフィス街と住宅地が入り組んだ辺りで、マセラッティは減速する。 目的地はどんな場所なんだろうと思う間もなく、外装はどこにでもあるようなビルの駐車場入り口に滑りこむので圭吾は目を瞬かせた。 シャッターが降りているが、夜久は構わず内ポケットから出したカードを、有料駐車場によくあるような機械にかざす。 途端にシャッターが上がりだし、圭吾は出来るだけ顔を動かさないようにしながらモニターを探した。 車は内側に滑りこみ、背後でシャッターが再び閉まりはじめる。 あれだよな、アトラクションと同じだよな。もう戻れませんよ、なんて遊園地のお化け屋敷みたいに脅すバイトのお兄ちゃんがいないだけでさ。 それに、相手は『招待』の形を取ってくれている。ちゃんと、大人の男として扱ってくれている。 夜久の傍にいることが、圭吾に下駄を履かせて、別の世界を見せてくれる。 行き届いたサービスなんて、今の圭吾には贅沢だけれど、そこに相応しい相手の脇に立ってちょっと背伸びさせてもらうだけだ。 ほんの少し、一時だけ、夜久のパートナーの扱いを受けるだけ。 虚しいのか嬉しいのか分からないまま、助手席を降りて薄暗い駐車場に立った圭吾はしかし、そんなことを忘れさせるような光景に瞠目した。 ベントレー、ジャガー、アウディにモンデオ。 「ケイ」 シーマ、セルシオ、NSX−RにBMW? 「……ケイ」 エンジンルームとか覗けたら、と思うような高級車が駐車場のあちこちに。 見たい。ちょっとどうなってるかだけでも見られたら……痛っ。 痛みに振りかえると、無言のままもう一度夜久が拳を振り上げている。 そうだった。仕事で来てるんじゃなかった。 とはいえ、垂涎の的になるような車を見て、興奮しない方が間違っている。 圭吾は夜久の後について行きながら、どんな美男美女より自分を引きつける車たちに内心そっと別れを告げた。 ドアは三つ。どれも同じ様な感じなのはどうしてだろう、と思いつつもその内の一つを潜る。 少し先で道は分岐していた。夜久は手前でどちらにするか考えたようだが、右手への道を取る。程なく階段室と書かれた扉に行きつき、引き開けられたそこは真っ白に塗られて明るかった。 壁を見ても汚れ一つないところからすると、殆ど毎日、掃除してあるのだろう。 それだけでも、凄いものだ。 途中からはカーペットが張ってあるそこを上がり、やはり真っ白な扉の所で、夜久がこちらをちらりと見遣る。 「ここだ……っ?!」 急に、扉が二人を目掛けて開き、素早く後退はしたものの、取っ手が右腕に当たって夜久は顔を顰めた。 「夜久さんっ」 「……あれ……?」 間の抜けた声と共に頭を突っ込んできたのは、圭吾とさほど変わりない年齢の男だ。 ジェルで固めたつんつんと尖った頭が、ぼへっとした表情で二人を見比べ、夜久が押さえた右腕に気がついたか硬直した。 「すっ……すんません!じゃなかった済みません!」 張り上げた声は、圭吾が腹筋を目一杯動かして出せる声と良い勝負で。 誰だこいつ。 夜久も圭吾も、互いの思考が一致してると気づかぬままに、妙な少年を見つめた。 「えーと、あの……」 少年はえへへ、と笑って、引っ込もうとした。 その頭上に大きい拳が現れたので、圭吾は思わず声を上げる。 「あ」 「へ?」 ずんっっ、と少年の頭上に拳が落ちた。 先ほど夜久に落とされたのより、格段に痛いと思われる。 火花が出ない方がおかしい、と言うくらい、重い音に相手は蹲り、支えを失ったドアが閉まる。 もう一度、重い扉の向こうで鈍い音がした後、今度は余裕を持って大きく開かれた。 夜久は腕から手を離して、そこを潜る。 慌てるとあの少年宜しく拳が降ってきそうな気がして、圭吾は出来るだけ静かに夜久の後に続いた。 階段室とそう変わらない明るさの廊下。 扉の左手で、二人の人物が待ち構えていた。 片方は、今覗いた少年。 もう片方は、と見上げて、圭吾は僅かにだが顔が引き攣るのを隠せなかった。 「失礼致しました」 少年の父親かと思うような年齢の、大柄な男。ただ大きいだけでない、引き締まっている体格がスーツの内側からでもはっきりと分かる。 顔立ちもいかつい。別段表情も声も、荒らげているわけではない。しかし怖い。 瞬きの少ない目だと気づくほど、圭吾は観察の余裕がない。 男は尚も言葉を続ける。 「新人を理由には出来ませんが……」 「雑賀、気にしないでくれ」 夜久はと見て、圭吾はもう一度顔を引き攣らせそうになった。 鷹揚そうな、感じの良い表情を何時の間に作ったのだろう。 仕事のときとは微妙に違う。これは、サービスを受ける側の顔だ。 「新しい警備スタッフか?」 「はい」 自分にドアノブをぶつけた相手をどう思っているにせよ、夜久はどちらかと言えばにこやかに少年に顔を向ける。 「表では初勤務か?」 瘤が出来てないかと圭吾が心配するほど殴られたろう少年は、直立不動で答える。 「はい。済み……申しわけありませんでしたっ」 言いなおしたのは、じろりと傍らから見られたからだ。 「藤川です。まだ不慣れですが……」 いや、と片手が上がり、 「育つのがそろそろ出てもいい頃だろう。宜しく頼む、藤川」 差し出された手を、痛みか感激かで潤んだ瞳が見て、ささっと手を出して握る。 「有難うございますっ」 「語尾」 持ち上げられたと思ったら雑賀に落とされる藤川に、圭吾は妙な親しみを覚えた。 あれ。何処かで、見たような……。 と、雑賀の視線がこちらに向いて、今度は背筋を伸ばすのはこちらの番だ。 「雑賀と申します。オルビットへようこそ」 最初の怒りの余韻は消えて、それはそれは立派な男に一礼された。 スタンド仕込みの丁寧な、深過ぎない礼を圭吾も返す。 「古河圭吾です。初めまして」 こんな風で良いだろうか、と思った視界の端に満足げな男の顔が映った。 どうやら及第点をもらえたようだ。 雑賀は一つ頷いて、夜久に向き直った。 「本日はビジター用ということで、フロントにカードキーご用意してございます。入江か山野がおりましたらお申し付け下さい」 「有難う。……行くぞ」 「はい」 夜久の背中を再び追う圭吾の背後で、二人が深々と礼をした。 やはり藤川には何処かで会っているような気がするが、はっきりと分からない。 記憶力は良いはずなのに、とすっきりしないまま、数メートルを進めばタイル張りのエントランスに到着した。 大きめのドアノッカーがぶら下がっている、分厚い扉。 飾りではない証拠に、夜久は手を伸ばしてノッカーを慣らした。 やや、あって。 ノックの主を確かめたように、扉は大きく開かれる。 黒と白で区切られていた空間とは異なる、柔らかい光が満たされた場所へと。 入り口で、夜久は振り向かなかった。 扉はしかし、大きく保持されて、圭吾を待っている。 入らなくては、楽園か廃墟かも分からない。 ここでの夜久の顔は、また違うのだろうか。 躊躇いつつ、それを表に出さぬように息を堪えて圭吾は扉を潜った。 「オルビットへようこそ」 まだ、圭吾は分かっていない。 夜久のお相手と見なされることを、自分には不要な興味の対象となる意味を。 受身であることは疑いようがないから、ここに集う男たちの幾人かからは、獲物の位置にある存在と位置付けられる。 まだ、夜久にも分からない。 自分が手元で慣らした圭吾が、彼らとの回り逢いでどう変わってゆくのか。 いずれは傷を負い、或いは、致命的な出会いに惑溺する。 知ったことではないと言うには、余りに圭吾は素直すぎる部分がある。 「オルビットへようこそ」 書類から浅井は顔を上げる。 館内にいるスタッフからは逐次、短いメールがデスクまで届くようになっている。 端末の点滅が、来訪者を告げる。 『雑:No.2:同伴一名』 これまでに何度も会員は誰かを連れてきた、このメールはそうした一通だ。 文字は雑賀が、会員ナンバーの客を確認し、会員以外の誰かが伴われてきたことを伝えている。 ようやっと来たか、と男の口の端が上がる。 たまたま居合せた新倉がオーナーの僅かな変化を吟味する顔になった。 「到着のようだ」 「はい。……宜しいのですか」 後半の言葉に、今度は浅井が怪訝な顔になる。 「東城がお止め頂きたいと」 スタッフの一人がそう言えば呆然としていたな、と思う。 「余技をお持ちなのは結構なことですが、あの方は……」 「お前も覚えるか?」 そういう問題では、と内心の嘆息を新倉は平静さの仮面の下に押し込める。 「どうせ怒られるのは私だ。いつも通りの案内を頼む」 「畏まりました」 北国の血を交えた秘書が出て行くと、浅井はちらりと電話に目をやった。 「この時間ではまだ、仕事か……」 澄が居合わせないのが残念だが、迎える楽しみは小さくはない。 何時もなら仕事を続けるのだが、丁度区切りの良いこともあって万年筆を置く。 どんな目をした男がやってくるのか。 この時間を愉しむために、浅井はオルビットを造ったと言っても良い。 警備室のモニターを静かに観察していた若い男が立ちあがる。 「オルビットへようこそ、シンデレラ」 思ったよりも佳い印象の、まだ少年の線の甘さを残すモニターの圭吾に、山野温はそっと囁きかけた。 |
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