Orbite7



 軽い電子音がする。
眠い目を擦りつつ、藤川翔太は起きあがった。
そうか、今日は初めて夜勤もやらせてもらう日だった。
確か大塚さんは休みだったから、サブチーフと一緒のシフトだ。
 雑賀の次に容赦のない山野はそれでも、最近ちょっとだけうきうきしているような気がしなくもない。
何かいいことあったんだろうか。
眠気を堪えつつ、仮眠室を出て警備スタッフの夜間詰めている部屋に向かう。
 入ると、山野はもう既にきっちりスーツを着てスタンバイしていた。
「お。来たなねぼすけ。生きてるか」
 相変わらずドアを開けた途端に分かられているのは悔しいが、他の二名を差し置いて雑賀の次に偉いだけのことはある。
「山野さんが俺のエネルギー吸い取ってんじゃないっすか?」
 確か山野は昨日も遅いシフトだった筈だ。全く乱れがない。
いや、若干やっぱり機嫌はいいみたいだ。
「お前な。寝たりないんなら永眠するか?」
「……遠慮しまっす」
 何時も藤川の失言には、雑賀の場合は拳、山野の場合そこらにあった重たいものが飛んでくるのに。
今も手近にタウンページとかがあるのに、今日は言葉だけだ。
やっぱり何か変だ。
今日来たすぐには別にどうということもなかった。
何かあったっけか、と意識を手繰る間もなく、ドアがもう一度開いた。
「山野」
 フロア担当の一人、小暮が入ってくる。手にした黄色いフロッピーディスクを差出し、
「新倉さんから。帰りがけで悪い、だってさ」
「お、サンキュ」
 受け取ってすぐ、山野はそれを傍らのパソコン……サーバだのワークステーションと呼べ、と言われるが、どれがどれやらさっぱりだ……に差し込む。
 中身は普通のテキストだったらしく、直ぐに開いた。
「お。形はまともだな」
 言われて小暮が画面を覗き、ついで好奇心から藤川も倣ってテキストを覗きこむ。
「へー。メルマガ」
 あんまりこの手のものに藤川は詳しくないが、メルマガくらいなら意味は分かっている。
「倶楽部のっすか」
「他に何処のがあるんだよ」
 ぽこ、とやられたが、整頓された画面はなかなか良い感じだった。

 クリック

ざっと文章は浮かんで消え……
「お。次回お前の紹介だな」
「へっっ?!」
 小暮に言われて藤川は仰天した。
「あ、あの、俺っすか」
「そういや来週、採用本決まりだろ。おめでと。デビューだな」
 何がデビューなんだろう。どうしてメルマガで警備スタッフ紹介なんだろう。
ていうか、何で俺が二番手なのかと藤川は新倉に文句を言いたい気持ちで一杯だった。
言えるかどうかは、あのおっかない秘書の目の前に立ってみないと分からないのだが。
「紹介って、何するんすか?」
「『するんですか』、だろう」
 小暮に頭を押さえられるが、言葉遣いの問題どころじゃない。
だって、このメルマガは……。
「これ、俺らの内輪のじゃなくて……」
「会員向けだな」
 こともなげに言ってくれる山野や面白がっている小暮とは裏腹に藤川の顔は青ざめてゆく。
「そんなとこにどーして俺のことなんか乗っけるんだよぉぉ……」
『面白いから』
 二人にハモられて、今度こそ藤川は頭を抱えた。


 場所が変わろうと、男の触れ方は変わらない。
湯船の中で一戦繰り広げて、アルコールが抜けた圭吾がへたりこんでも、夜久は容赦なく立ち上がらせ、バスローブで乱暴に包むと浴室から追い出した。
 腰から下の重さは並大抵ではない。水の浮力で多少のダメージは軽減されていたが、すぐにでも膝をついて転げてしまいそうだ。
湯船の中で圭吾がそうならなかったのは、意地としか言い様がなかった。
無様に転げるのはみっともない。仕事でなら終わった時点でぶっ倒れて眠ろうと、やることをやった達成感がある。
だけど、今したことは、ある意味とても恥ずかしいことだ。
こんなことで、笑われるもんか。
 誰に見せるのでもないが、自分が一番冷たい視線で見ている気がして、圭吾はどうにかベッド端まで辿りついた。
横に転がる前に、どうにか座る姿勢を取れて、自分では満足する。
いつもながらのことだが、夜久はしっかりと形を整えて、バスルームから紺のバスローブを羽織って出てきた。
ほどいて裸になればみっともないと思うところだが、まず男女の別なく目を見張るだろう筋肉の持ち主では勝てない。
男は崩れかかった圭吾を見て、口元を歪みとも緩みと持つかない形に変えた。
「どうした、ケイ」
 普段なら睨み返すところだが、正直、腰がつらい。下手をして明日立てずに負ぶわれかねない状態では、いい笑い物になってしまう。
しかし変なことを言えば笑われるだろうし、その挙句に気にしないからと押し倒されそうな気がする。
後、強いて言えば向かいの部屋の二人にも、何をしていたか知られたくない。
表ではただの親しい友人のように見えた浅井オーナーと風花さん。
二人は明日も平然としていられるんだろうけれど、自分は自信がない。
あんな風にさり気なく、外で振舞える程度に体力を残していたいのだ。
それをどうやって伝えようかと思っていると、男はすぐに圭吾の脇に腰を降ろした。
「もう少し、楽しめ」
濡れた髪の毛を温かい指の腹でまさぐられて、安堵でも戦慄でも期待でもない何かがぞくぞくと首筋をあわ立てる。
「楽しむって……何を」
 呟きを笑われるかと思ったが、思ったより真っ直ぐな目で見られて黙って見つめ返すほかはなかった。
指が、髪を離れて耳たぶに降りてくる。揉まれて感じるのは、風呂上りなのに相手の指の方が温かいこと。
表情からは、何を考えているか分からない。
 本当に、夜久については何も知らないと、圭吾はこんな時に痛切に感じさせられる。
雇い主で、こうして触れ合う相手で、だのにそれ以上のことが分からない。
自分に自信を持たせてもらい、逆に相手の意のままであることを思い知らされて貶められもした。
優しいのだか、冷酷なのだか、どちらとも言い切れない。
 自分の上に君臨している男が、倶楽部のスタッフには割合丁寧に接していた。
かと思えばオーナーの首を絞めかかっていたが。
相手を掴み損ねる時、圭吾は何かもどかしい気持ちになる。
この男は、一体誰なのか。自分は、夜久にとって何なのか。
「風呂では楽しめなかったか?」
 言って男は、圭吾の前を遠慮なく剥ぎにかかる。手で押さえる間もなく、脱力してから丁寧に洗った、いや洗われた圭吾自身が、男の目の前に晒される。
「ま、まった、夜久さん……」
 いつもなら手を払おうとしても逆にねじられて、苦痛にうめきつつ引っくり返され、あられもない姿を相手の眼前に曝け出すことになるのだが。
今夜は、どこか違っていた。
男は、手首を圭吾に掴ませたまま、黙っている。
「……あの、さ……」
 視線はいつもと同じ、妥協を許さない射るような鋭さをたたえている。
怖いけれど、言わなければ逆に酷い目にあうと知っている。
「腰……ちょっと……」
 何だかオヤジみたいで嫌だと思いつつも、圭吾は必死で言葉を搾り出した。
浅井の首を絞めた勢いで来られたら、どうしよう。そう思っていると、不意に男が顔を寄せて来る。
耳たぶに、再び温かい気配。
息を堪えて待っていた耳に届いた言葉は、圭吾が予想もしていなかったものだった。
「で、何を見た」
 問われていることが分からず聞き返そうとした時、
「向かいに入って、見たんだろうが」
 揶揄する響きに、再び、垣間見てしまった風花澄の姿が記憶に蘇る。
「……ちょっ……!」
「お前があんなに大きくするのだから、さぞ凄かっただろうな」
 いつもなら蹴り飛ばすか手を払うのだが、逆に腕を掴んでいたため咄嗟の反応が取れず、また、力が抜け気味だったこともあって圭吾は男に結局押し倒されてしまった。
だが、前を先程以上に剥ぎ取るではなく、男は圭吾に相変わらず囁きつづける。
舌先が、ちろちろと耳殻を突ついてきて否応無しにそこは敏感になる。
「何を見た?うん?」
「ちっ……」
 否定しようとすると、耳たぶに唇が被さってきた。甘噛みしながら尚も男は囁く。
「勃つほどだから、脱いでいたか?真っ最中だったか?」
「違う……間違って入って、すぐ出ただけだよっ」
 必死に言い募る圭吾は、直接まさぐられて困る箇所だけは触れられまいと、必死で身を捩る。
「じゃ、服を着てたのに勃ったのか。すっかり男慣れしたな」
 首を横に振らなければよいのだろうが、こればかりは自分の人格に関わるので圭吾は必死で否定する。
「だから、ちがっ……!」
 どうして、もう一度興奮してしまうんだろう。
今日、本当に飲みすぎなのだろう。そう思わないと悲しすぎて、圭吾は啜り泣きたいのを堪えた。
泣くなんて、男のすることじゃない。
「また、勃てたな、うん?思い出して一人で興奮か?」
相手の脚に、自分の先端が擦りつけられている。いっそそのままいつもどおりに扱えば良いものを、男は容赦しない。
微妙な感触を楽しむように、耳たぶから、脚の間から、やわやわとした刺激を送り込んでくる。
「聞かせろ、ケイ」
 ぬめりとした舌の動きに、背筋に痺れが走る。
暫く、その状態で舐めまわされ、湿り気と熱と痺れに気が狂いそうになった。
「聞かせろよ」
 皮を指先が押しやって、息を飲ませる。意識から枷が外れて何処かへ落ちる。
唇が勝手に、見たものを再現し始める。
「……ソファーに、座ってた……」
「風花一人か?」
「ちが、う……」
 ぴりぴりと、痛みのような、それでいて腰を押し付けたくなる感触が下から上へ突き抜ける。
一瞬なのにくっきりと記憶に切り出された光景が言葉に変わってゆく。
「オーナーが、横に、なってて……」
 握って欲しくて浮かした身体に、いつものような触れ方をしてくれない。
大きくして欲しいのに。扱いて、熱を出してくれないなんて。
「……夜久さん……っ」
「それじゃ風花は座れないだろう。嘘つきだな、ケイは」
「嘘じゃ……ないよ……っ!」
 腕が男を引き寄せる。しがみつく。
「だから、だから……」
 腰の痛みが消える。手を伸ばして、相手の前から差し入れると逆に引かれた。
そのくせ刺激はやまない。物足りなさだけを圭吾から際限なく引き出しつづける。
「……舐めずってやろうか」
 ここを、と再び前が刺激されて必死で甘い悲鳴を堪えた。
「ぁ!……っ、ぁ……!」
「だからな、ケイ。隠すな。私も楽しみたい」
 今度は手首を掴まれたのは圭吾の方だった。前に当たるのは、硬い熱。
自分とは異なる体温が、いや灼熱が、すぐそこにある。
呆けた、蕩けた笑みを浮かべて夜久自身を握る自分を、圭吾はまったく意識していなかった。
「教えろ」
今までにない刺激に、その熱が自身に乗り移るのを感じる。
「……前、はだけてて……勃って、た……キスマーク、一杯で……」
右手が熱くなる。相手の勢いを増そうと指を動かし、葡萄が潰れたようなぐじゅり、という音を聞いて成功したことを知った。
奥が、有り得ない蜜に潤んでくるような錯覚に陥り、思わず脚を閉じようとするが、
「下は?見えたのか?」
男の甘い低い問いかけに、圭吾はふるふると首を横に振った。
「膨らんでた、けど……まだ、閉めてた……」
 もう、撫でて促すだけで、言葉は溢れてくる。
「俺のこと見ても、全然、怒んないで……部屋は反対側だって……笑ってた」
 すすり泣くような声が漏れて、圭吾は観念したのか脚を大きく開いた。
「もう……どうにか、しろよ……」
 片手が離れ、力弱い拳になって肩を打ってくる。
「今日のは、絶対、あんたが悪いんだ……俺じゃない……」
 ただ一人を教え込まれた窄まりが、その視線に気がついたかひくひくと震える。
「俺じゃ、ないから……なっ……!」
 言うと、圭吾は夜久自身をぐっと引いて、その窄まりに宛がおうとした。
痛みとまではゆかないが強引な引きに、流石の夜久も慌てて位置を合わせる。
「おい、ケイ……」
 きっ!と睨んだ眼差しは欲情を束の間吹き払って潤み、清冽で。
接してきたどんな男とも違う印象に束の間相手に息を飲ませる。
先端が当たった時、その表情は泣きそうに歪み、それを見て取った時、思わず男は何時に似合わぬ真摯さで、少年を抱きしめていた。
「ケイ……」
 滑る熱が僅かに入りこんだだけで、圭吾の先端から蜜が吹き零れる。
吐息に、聞いたこともないような艶が滲んでいる。
どうしたことだろう?
「夜久、さん……っ!」
 自分から男を埋めてゆこうとする圭吾の姿は、これまでにない程凄艶な魅力を夜久に与えた。
 強制されてではない。そうした時は圭吾は文句も言えなくなっている。
全身に朱を滲ませ、やがて全てを飲みこんだ圭吾は、腰は浮かせたまま止めていた息を長く長く吐き出した。
目尻を、挿入の衝撃によって生まれた涙が伝う。
「……ぁ、は……っ、……っ……」
腕が、両方とも背に回されている。肩に置くのではなく、より深く絡み合う姿勢、隠すべき場所を惜しげもなく燈下に晒して脚さえ男に巻きつけている。
 酔っているのか。先ほどの光景が脳裏から払い落とせないからか。
いずれにせよ、夜久を締め付けている部分はやわやわと蠢き、脳裏に届いた情報は、間違いなく圭吾が求めてきていると告げている。
 珍しい。感じやすくなっている時は元々然程多くないが、ここまで鋭敏になっているのは始めてだ。
「ケイ。動く……」
「早くっっ!!」
 切羽詰った叫びは小さかったが、夜久を理性と言う馬の鞍から転がり落とすには充分な鋭さであった。
 再び、熱く長い時間が始まった。


その夜に何かが変わり始めたことを、まだ圭吾も夜久も気がついてはいなかった。



next to "Paradox"...


U1 U2 U3 
O1 O2 O3 O4 O5 O6 O7
P1 P2 P3 P4 P5 P6 P7 P8 index


Copyright 2001-2002 PleasurePrinciple Web master:ai-shiba@mbi.nifty.com